テニスクラブのContrast 〜そんで月曜日の対比。〜

何やら受難であった最初のレッスンが明けて、その次の週。

さんとさんは学校で2人、頭を突き合わせていた。

「…なあ、。今日、何曜?」
「…月曜。」
「…月曜か。」

そしてさんとさんは、手にしたプリンステニスクラブの
メンバーズカード…の裏を見てため息をついた。

カードの裏には一週間分の表があって、そこにはそれぞれの曜日に
どのコーチが担当するのかが記されている。

そして、表の月曜日の列には、メインコーチとサブコーチBの欄に
それぞれ丸印が入っていた。



で、その日の放課後、さんとさんはズルズルと重い足を引き摺りながら
テニスクラブへの道を辿っていた。

ハアァァァァァァァ

「週の頭からあの馴れ馴れしいコーチ…耐えられない。」
はまだええやんか、私なんかあのナルシストの俺様にーちゃんやで。
考えただけで頭痛なる(あたまいとなる)わ。」

しかし少々気が重いものの、2人のお嬢さんには選択権などないんである。

「せやけど、こーなった以上しゃあないやんな。」
「そうね。」
「…ほな、ゴチャゴチャ言わんとさっさと行こか。」
「うん。」

御2人さんはどうやら覚悟を決めたようである。
(間違ってもここで何を大仰な、という突っ込みを入れてはいけない。)

そういった訳で、今日も彼女らはプリンステニスクラブの敷地に
足を踏み入れたわけなのであった。


さんの場合』

はっきり言っておくと、さんは遅刻をした覚えなぞまるっきしなかった。

というより寧ろ、丁度いい位の時刻に来たはずであった。

しかし…

「おい、。」

クラブにやってきたさんを迎えたのは、すこぶる機嫌のよろしくない
メインコーチ・跡部氏の声だった。

「トボけ面の癖にいきなし遅刻たぁ、いい度胸だな、アーン?」

当然ながらさんは『ハ?』と思った。
で、そんなハズは、と自分の腕時計を覗き込む。

小さな文字盤は、明らかにさんが丁度ぴったりの時刻に来ていたことを示していた。

「乾、今何時だ?」

どうやら跡部氏もさんが何を言わんとしているのかは
わかっているらしく、傍らのサブコーチに声をかける。

「16時0分と50秒だな。」

逆光レンズで素顔のわからない長身の青年はご丁寧にも細かく答える。

「という訳だ。」

(ちょっと待て。)

さんは思った。

(それって因縁とちゃうんか?!)

しかしそんなことを臆面もなくこのメインコーチ殿に言える位ならさんは今頃苦労してない。

「まあ、いい。今回は見逃してやるよ。」

(見逃すもへったくれも、私は遅刻した覚えがアリマセン…)

さんの思考回路はいきなしショートだ。

「俺様の寛大さに感謝するんだな。」

(いや、どー考えてもアンタは心の狭い人種ヤロ???)

最早、さんは口をパクパクさせて金魚モード突入である。

「跡部、それよりレッスンを始めよう。時間が惜しい。」
「そうだな、おい、。さっさと準備しろ。」

取りあえず乾氏のおかげでさんは跡部氏にそれ以上ゴチャゴチャ言われずに済んだ。

しかし、問題はこっからである。

「ったく…」

レッスン開始からまだたった5分、跡部氏はさんに向かって思い切りため息を吐かれた。

「お前、ホンットに筋が悪いのな。」

(う゛っ…!!)

さんは思わず内心で呻くしかない。

「てめぇ、一体人の話を聞いてんのか、ああ?」
「はい…」

さんは俯いて返事をする。

「にも関わらず、このていたらくはどーゆーことだ?」

どーゆーもこーゆーもへったくれも、さんは精一杯やっているのである。
…と言ったところでこの御仁が聞きそーにないのは火を見るより明らかだが。

「まあ、跡部、そう悲観することはないよ。」

言ったのは乾氏である。

さんのサーブ、この前より2.5センチ先まで届くようになっている。」

(何や、それは?!)

乾氏の叩き出した数字の妙な細かさにさんは吃驚したが、
見ればメインコーチ殿もちょっと顔が引きつっている。

「ああ?ふざけてんじゃねーぞ、乾。どのみち、球がネットにすら当たってねぇんだぞ。
んなもん進歩のうちに入らねーだろが。」

あ、酷い。とさんは思ったが無論声には出さない。

「結論するのは早い、これから伸びる可能性は充分にある。」
「だったら、乾。しばらくてめーが面倒見とけ。俺様はちょっと席を外すぜ。」
「えっ?!」

あんまりにもとーとつな跡部コーチの発言にさんは思わず、
『ちょっと待ってくださいよっ!!』と叫んだ。

しかし…

「きーてへんがなっ!!」
「全く、跡部はしょうがないな…」

乾氏がため息をついた。

「ええんですか、あの人仕事ほったらかしたのに。」

そりゃ私のせいかもしれへんけどさ、とさんは呟く。

「説得してもいいけど、戻ってくる確率は0.1%以下だ。」

乾氏は逆光眼鏡を押し上げながらさんに言った。

「それでもいいならその確率に賭けてみるかい?」
「心の底から遠慮します。」

さんはキッパリスッキリと答えた。


さんの場合』

有難いことにさんはさんのように訳のわからない因縁をつけられる心配はなかった。

しかし、言うまでもなく彼女にとって事態はいい方かと言えば生憎そーではなかったりする。

「やー、ちゃん。」

やっぱり。

コートに入った瞬間、すこぶる機嫌のいい声に迎えられてさんはゲンナリした。

何だってこの人はこうもテンションが高いんだろう…。

「今日もはりきっていこーね☆」
「はあ。」

面倒くさいのでさんは適当に返事をする。

「ダメダメ、ちゃん。もっと元気良くしないと、ラッキーが逃げるよっ。」

言って千石氏はポンポンとさんの肩を叩いたので、
さんは自分のメインコーチを蹴り飛ばしてやろうかと本気で考えた。

「千石さん…」

それを見ていたサブコーチの鳳氏が言った。

「あの、失礼ですが学習能力って言葉、ご存知ですか?」
「えーっ、ひどいなあ、鳳クン。そこまで言わなくてもー。」
「すごく尤もだと思いますけど…」

ガンッ!!

さんがボソリ、と呟いた瞬間、千石氏は対空ミサイルを食らった
戦闘機の気分を味わった。

即ち、思いっきり落ち込んだんである。

「そ、そんなぁ〜、ちゃんまでぇ〜。」

千石氏はベソをかくがさんは意に介さない。
寧ろ彼女にとっては、当然のことを言ったまでなのだ。

さんって意外と言うんだね…」

見れば鳳氏もちょっと冷や汗を流している。

「でも、千石さんもちょっとは懲りてくれないとね。じゃあ、レッスン始めようか。」
「はい。」
「ああー!ちょっと2人とも!俺を置いてかないでよー。」

千石コーチの声が虚しい。

…何よ、あの人。とさんが思ったのは言うまでもない。

「困るんだよね、千石さんは。」

鳳氏がこっそりため息をつく。

「あれでも昔、ジュニア選抜に選ばれたくらいの実力の持ち主なんだけど。」

そーなの?

さんは首を傾げる。

とてもじゃないが、そーは見えない。

「ん、何々?俺のこと、何か言った?」

…復活早っ!!!

いつの間にやらさっきまで情けない声を出していたメインコーチは
すっかりと立ち直って明るい調子だ。
さんとしてはもうちょっと沈んでいてもらって一向に構わないのだが。

「別に何も。」

さんはぶっきらぼうに答えるが、千石氏はまるっきり気にしていない。
余程鈍感なのか。

「それじゃあさ、ちゃん。とりあえずこの前の復習といこっか☆
…って、この前どこまで行ったっけ?」

この瞬間、さんは鳳氏が側で頭を抱えたのを視認した。

「千石さん、毎回思うんですがそれってわざとですか?」

苦労してるんだな、この人もとさんは思う。

は『はまだマシやで。』と言うが、どっこい、こっちも大抵難儀な状態だ。

「いやー、御免御免。俺時々前はどーだったか頭から飛んじゃうんだよねー。アッハッハッ☆」

勿論、本来笑い事で済むことではないのだが、どうやら千石氏は
その点においては相当のつわもののようである。
で、さんは思わずこう呟いてしまった。

「…頭、大丈夫ですか?」

ガーンッ!!

憐れ、千石氏はまたもさんの放つ対空ミサイルによって墜落してしまった。

「鳳クン、俺ってよっぽど嫌われてる???」
「…知りませんよ、俺に聞くのは勘弁してください。あ、さん、気にしなくていいよ。」

元よりさんは気にするつもりなぞない。

結局、1人勝手に落ち込んでいる千石氏を放っておいて
さんは鳳氏とさっさとレッスンに入った。


生徒が気に入らなくてトンズラする人、気に入ってるのにケチョンケチョンにされる人。
月曜日の対比第1ラウンドはこんな具合である。

つーわけで、話は対比第2ラウンドに突入したりする。


さんの場合』

さて、いきなしメインコーチに見捨てられたさんであるが、あんまし落ち込んでいなかった。

まームカつかないことはないのであるが、彼女言うところの
『ナルシストの俺様コーチ』にあれやこれやとけなされないとゆーメリットの方が大きいのである。

「ふむ、これは面白いな…」

サブコーチの乾氏が呟く。

「跡部がいなくなってからの君の動きが3%増しで良くなっている。」
「そ、そーですか?」

さんは誤魔化してみたりなんぞするが、逆光眼鏡さんは誤魔化せない。

「つまり、君の場合は練習以前に精神面が大きく成長に影響するということか…
ふむ、興味深いデータだ。」

言って乾氏は手にしたノートに何やら書き込んでいる。

(データって、そんなデータ取ってどないすんねん。)

さんは内心で平手突っ込み。

「あ、そうそう。」

乾氏に突然言われて、さんはギクリ、とした。

「君は黙ってても思ってることが結構顔に出るから注意した方がいいよ。
さっきも俺に何のデータだって言いたそうな顔してただろう?」

ギックーン。

思い切りバレとうやん。

「ちなみに跡部にもバレてる確率、90%。」

いや、それ確率高すぎやし。

さんの後頭部に冷や汗が流れる。

「だからお怒りなんですかねー、跡部コーチは。」

さんが言うと、乾氏はそれに関しては首をかしげた。

「あれはどっちかと言うと、単に君の扱いに困ってるだけだな。それより…」
「扱いに困ってる?」
「君のグリップの握り方なんだけど、」
「あの…」
「ちょっと力が足りないみたいだからもうちょっと強く握った方がいい。」
「えーと、」
「あとグリップのもっと下の方を握らないと。」

………………………………………。

人の話をきかんかい。

さんは思わず内心で巨大な突込みを入れる。

「まあ、一応跡部も人間だからね。彼がうまく扱えない人種もいるんじゃないかな」
「って、きーてはったんですかっ?!?!」
「一応。」
「なっ…!」

乾氏の台詞にさんの右眉がピクピクと痙攣しだした。

(するってーと何か?)

さんは思う。

(私は俺様コーチですら扱えへん稀有で妙ちきりんな人種やと?)

言うてることの失礼さにまるで気づいてへんな、このにーちゃん。

当の乾氏は非常に涼しい顔である。
(眼鏡のおかげで詳しい表情はまるっきりわからんのであるが)

「とりあえず、もう一度グリップを握りなおして打ってごらん。」

あ、しかもはぐらかされた。
どうせ顔から私が何を思てるんか気づいとう癖に、ちくそー。

さんは内心でブチブチ思いながら乾氏の指示に従う。

ヒュッ バシッ ゴンッ

「あ。」

さんは今、信じられない光景を目にした。

「サーブうまくいった!!」

振り返ってみると、乾氏も満足そうである。

「なるほど、こっちのアドヴァイスには素直に従う傾向のおかげで
成長するタイプでもあるみたいだな。いいデータが取れた。」

(ほめたいんかそーやないんかはっきりせんかい。)

また何やらノートに書き込む乾氏を見てさんは、また右眉がピクつくのがわかる。

「ところでさん、後ろ。」
「はい?」

後ろ?何のこっちゃ。と思いながらさんは後ろを振り返る。

…てめぇ…」

ゲッ!!!!

さんの全身から血の気が引いた。

とゆーのも、振り返ったその先にはおどろおどろしい気配を纏った
跡部コーチが修羅の形相で彼女を見下ろしていたからである。

「てめーっ、まともに打てるよーになったかと思ったら
今度は俺様に球ぶつけやがるとはどーゆー了見だっ、
ああっ?!」

「すっ、すんませーんっっっ!!!」

さんは平謝りだが、跡部コーチの怒りは物凄い。

ついでにその矛先はサブコーチにも向けられる。

「おいっ、乾!」
「何だい?」
「てめーもいらねぇことに吹き込むんじゃねー。
俺様がこんなガキの扱いに困る訳ねーだろ!」
「何だ、聞いていたのか。」

乾氏は至って冷静である。

「ふぁっ、ふぁの!(あっ、あの!)」
「あんだっ、っ!」
「…ふぁんや、ふぃとふぁかりふぁふぇきてふんれすけろ。
(何や、人だかりができてるんですけど。)」

さんがフェンスの向こう側を指差すと、跡部コーチは彼女の頬を
引っ張っていた手を離した。

「チッ、しょーがねぇ。」

跡部コーチは呟いた。

「おい、。ギャラリーがうるせぇから一芝居打つぞ、てめえも付き合え。」

(ひ、一芝居?)

さんはひじょ〜にいや〜な予感がした。

「できねぇとは言わせねぇぞ、何せこの俺様にボールぶつけたんだからな。」

さんはこの時の跡部コーチの笑みに地獄を見た、
と思ったが彼女に逆らう術などあるはずがない。

…そーゆーワケでさんはしばらくの間、妙に親切さんモードの跡部コーチの下で
すこぶる不気味な気分を味わう羽目になった。


さんの場合』

あれ程散々なボケっぷりをさらした千石清純氏であるが、
さんにとって意外なことにやる時はやるよーである。

「うーん、もうちょっと思い切って振った方がいいなー。」
「足はそう、こんな風に。」
「おっ、ちゃん、うまいねー。その調子、その調子。」

アドヴァイスは適切で、ついでに褒めるのもなかなかうまい。

しかし…

「いやー、ちゃん結構やるねー☆」

いきなり手を握ってくる癖は何とかならないのだろうか。

当然、さんは高速で後ずさりした。

「あーあー、そんなに逃げちゃレッスンにならないよ、ちゃん?」

当の千石氏は何故かニッコニコだ。

「ああっ、もう…」

傍らで鳳氏がたまったもんじゃない、と頭を抱える。

「どーしてそう見境がないんですか、千石さんはっ!」
「人聞きが悪いな〜、俺は単に可愛い子が大好きなだけだよっ☆」
「それが見境がないって言ってるんですって…」

さんはそんなメインコーチとサブコーチのやり取りを
ギャグ漫画的白目で見つめていたのだが、
『まるでお笑い劇場だ』なんぞと思っていた。

ボケと突込みが揃っていて丁度いいではないか。

「じゃ、ちゃん、次行くよー。」
「俺の話、聞いているんですか、千石さん?」

だがしかし、千石氏は至ってマイペースなので、さんはつくづくサブコーチに同情した。

で、レッスンは続く。

「それでね、ちゃん、もうちょっと肘は伸ばして…鳳クン、どう思う?」
「ちょっと膝が伸びがちだと思うんですけど。」
「あっと、ホントだ。ちゃん、膝は曲げないとね。」

手取り足取りとはまさにこのことである。

有難いかな、漫才コンビ(?!)の親切度は高い。

「あ、さん、ボールはなるべく腰の高さで打ってね。」
「おっ、いいぞー、大分よくなったねー。」
「はいはい、どさくさに紛れてまた触れようとしないでください、千石さん。
さんに失礼ですよ。」
「ああっ、鳳クン。そんなに引っ張らなくても…」

ズリズリ。

さんに近づいていた千石氏は鳳氏に後ろから襟首掴まれて引き摺られる。

さんはホッとしたが、後一歩でも千石氏が近づいたら
蹴っ飛ばしてやろうと構えていたので蹴っ飛ばし損ねて内心『チッ』と思った。

ちなみにこの辺が、彼女の友に『、アンタ時たま怖いで。』と言われる所以だが、
それはこの際関係ないので置いておくことにする。

「そういえばさ、ちゃん。」

千石氏が言う。
どうもこちらさんはコーチにも関わらず、レッスン中の私語が素晴らしく多い。

「俺聞いたんだけど、うちんとこの跡部クンが担当してる子、ちゃんの友達だって?」
「はい。」

どこから聞いたんだ、と思いつつさんは返事をする。

「タイヘンだよねー、ちゃんも。もう、噂になってるよー。」

…あいつは一体何をやらかしたんだろう。

さんは気弱なわりに何かの弾みで
目立ってしまう傾向がある親友のことを思って内心冷や汗だ。

それ以前に、既に千石氏が『ちゃん』呼ばわりしているのが気になるが。

「そういえば、跡部さんの生徒の扱いが悪いって話聞きましたね。」

鳳氏も口を挟む。

「跡部クンもねー、不思議なんだよね。いつもは女の子にはもうちょっと親切なんだけど。
そう思わない、鳳クン?」

サブコーチは確かに、と首を縦に振る。

さんはさんでは何をやってるんだ、とますます苦々しい気分だ。

後で会った時に問いただしてやらねば。

「やっぱり女の子には親切にしないとね。あんなんじゃ、嫌われちゃうよ。
跡部クンも俺を見習って…」

ここで千石氏がニマーッと笑ってこっちを見たのでさんは即、行動を起こした。

ビュンッ

「ええーっ、ちゃん、またぁ〜?」
「で、誰が誰を見習った方がいいんですか?」

フェンスを背にしたさんを見て、鳳氏がキッツい一言を呟いた。

「鳳クンってさぁ…」

千石氏はブツブツ言う。

「密かにキツいよねぇ。」
「…妥当な意見だと思いますけど。」

フェンスに引っ付いたままのさんの発言に
千石氏はまたも大打撃を食って、ガックリと肩を落とした。

ここまで来たら、対戦車砲に装甲をぶち抜かれた戦車もいいところかもしれない。

「ひどいよーっ、ちゃーん、そこまで言わなくてもー。」
「知りません。」

1人喚くメインコーチを横目で見ながら、さんはやっぱりこいつも
人のこと言えた義理じゃないな、と思った。


以上が対比第2ラウンド。週の頭からどーなんだろう、この状況は。
…とは間違っても突っ込んではいけない。



「で、どーゆーこと?」
「どーゆーことって何のこと?」

やっと迎えた休み時間、ベンチで落ち合ったさんとさんはこんな会話をしていた。

「何のことって…」

炭酸飲料を飲みながらさんは呆れたように言った。

「アンタのこと、うちのコーチにも知れてたよ。噂になってるって。一体何しでかしたのよ?」
「何って別に悪いことなんかしてへんがなー。」

オレンジジュースを一口すすりながらさんは言う。

「あの俺様コーチが一方的に何やかんや言うてくるんやもん、私知らんし。
今日かて訳のわからん因縁つけたかと思たら
いきなし一人でトンズラするしー。そら、今日はサーブのコントロールが悪くて
向こうさんの頭に球ぶつけてもたけどさー。」
「…………………………球ぶつけた?」
「うん。ちょーど向こうさんがトンズラから帰ってきた直後やったらしゅうて。」

しれっとした顔でオレンジジュースを飲むさんの頭をさんは思わずはたいた。

「何やってんのよー!」
「せやから知らんって!私かてわざとそんなことしたんちゃうし!!
第一、わざとぶつけるなんてあのナルシストコーチにそんなこと出来るかいっ!!」

さんははたかれた衝撃で噴出しかけたジュースを飲み込んで
『殺されるっちゅーねん』と付け加える。

「でもアンタ目立ちすぎ。」
「私のせいやないってば!で、そーゆーはどーなんよ?」
「…相変わらず。」
「馴れ馴れしゅうて困る、と。」
「親切は親切だけど。」
「そら結構なこっちゃ。」

さんは言ったが、さんの顔色はあんましよろしくない。

「何と言うか、サブコーチに同情したいかなーっって。」
「アンタも大概苦労してへんか。」
「かもね。」

一瞬、沈黙。

「何か、私、これからやってけるかどーか自信なくなってきたんやけど。」
「コーチに球ぶつけたんじゃね。」
「せやからアレは故意やのうて過失やっちゅーに。」
「はいはい。」
「流すなーっ!!!って、そういや明日のコーチはどうなっとったかな。」

さんは飲みかけのジュースを置いて、ポケットから
クラブのメンバーズカードを取り出して裏を見る。

「…………………………。」
「どうかしたの?」

さんが尋ねると、さんは強張った顔で言った。

「現実を見なかった振りしよ。人間は忘却の生き物やって言うしな。」

いきなりの友の訳のわからない発言(いつものことだが)に、
さんは不思議に思って自分もカードを取り出して確かめてみる。

「うっ…!」

…カードに記された火曜日の列には、メインコーチとサブコーチAのところに印がついていた。


To be continued.


作者の後書き(戯言とも言う)

ちょっと飛ばしすぎた。

どんな展開やねん、これは(^_^;)

ちなみに撃鉄は別に跡部少年に恨みがある訳ではありませんので、誤解なきよう(笑)


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